庭の片隅で、あの細長いキセルガイを初めて見つけた時のことを、今でもよく覚えています。雨に濡れたアジサイの根元でうごめく数匹の奇妙な貝。正直なところ、最初の感想は「気持ち悪い」でした。ナメクジの親戚だろう、きっと植物に悪いことをするに違いない。そう固く信じ込み、見つけるたびに庭の外へと放り出していました。しかし、ある時ふと疑問が湧いたのです。これだけ庭にいるのに、不思議と植物が食べられているような大きな被害は見当たらない。一体彼らは何を食べて生きているのだろうか、と。その小さな疑問がきっかけで、私はキセルガイという生き物について、少し調べてみることにしました。そして、知れば知るほど、私の彼らに対する見方は百八十度変わっていったのです。キセルガイが、植物の生葉を食べる害虫ではなく、朽ちた落ち葉やコケ、菌類などを食べて土に還す、森の掃除屋「分解者」としての役割を担っていること。彼らが生きるためには、適度な湿り気と、餌となる有機物が豊富な土壌が必要であること。つまり、キセルガイが庭にいるということは、見方を変えれば、私の庭が化学薬品に汚染されておらず、多様な生き物が生息できるだけの、豊かで健康な環境であることの証、いわば「自然のバロメーター」のような存在なのではないか。そう気づいた時、これまで不快に感じていた彼らの姿が、なんだか愛おしく、そして頼もしく見えてきたのです。それ以来、私は庭の生き物たちとの向き合い方を変えました。やみくくもに駆除するのではなく、なぜこの虫がここにいるのか、その背景にある環境全体に目を向けるようになりました。キセルガイの存在は、私に庭という小さな生態系の面白さと奥深さを教えてくれた、最初の先生だったのかもしれません。今では、雨上がりに彼らの姿を見つけると、「やあ、今日も庭の掃除をよろしく頼むよ」と心の中で声をかけています。