ゴキブリ、クモ、ムカデ。世の中には数多くの不快害虫が存在しますが、その中でもハエの幼虫、すなわち「ウジ虫」に対して私たちが抱く嫌悪感や恐怖心は、何か特別な、根源的なものがあるように感じられませんか。その白い体と、うごめく集団の姿は、多くの人にとって生理的な拒絶反応を最大限に引き出す、まさに恐怖の象徴です。一体なぜ、私たちはこれほどまでにハエの幼虫を恐れ、忌み嫌うのでしょうか。その理由は、私たちの脳に深く刻み込まれた、生存本能に根差したいくつかのシグナルと結びついていると考えられます。第一に、彼らが「腐敗と死の象徴」であるという点です。ハエの幼虫が発生する場所は、例外なく、腐りゆく有機物、つまり生ゴミや動物の死骸です。これは、生命が終わった場所、あるいは病原菌が蔓延する危険な場所を意味します。私たちの祖先は、そのような場所を避けることで、感染症や食中毒から身を守ってきました。ウジ虫の姿を見ることは、私たちの脳に「危険!ここは不潔で、病気になる可能性がある場所だ!」という、強力な警告サインを送るのです。この本能的な回避行動が、強烈な嫌悪感として現れるのです。第二に、その「異質な生命の形と動き」が挙げられます。ウジ虫には、私たちが親近感を抱くような目や手足といった器官がありません。ただひたすらに、予測不能な形で体をくねらせ、蠢きます。特に、それが集団となった時の光景は、個々の生命の境界が曖昧になり、一つの巨大な、しかし無秩序な生命体のように見えます。この、私たちの理解や共感の範疇を超えた生命のあり方が、コントロール不能なものへの根源的な恐怖心を刺激するのです。最後に、彼らが持つ「侵食と寄生」のイメージも、恐怖を増幅させます。腐った肉に湧くその姿は、健康な肉体をも侵食し、内部から食い荒らす「寄生」という、最も恐ろしいシナリオを無意識に連想させます。これらの「死と病の警告」「理解不能な生命体への恐怖」「寄生のイメージ」といった、生存に関わる複数の強力な負のシグナルが複合的に作用することで、ハエの幼虫は、他のどんな虫とも比較にならないほどの、特別な恐怖と嫌悪の対象として、私たちの心に君臨しているのです。
なぜ我々はハエの幼虫を恐れるのか