その小さな異変に気づいたのは、五月のよく晴れた日の午後でした。洗濯物を取り込もうとベランダに出た私の目に、軒下の隅にできた、ゴルフボールほどの大きさの灰色がかった塊が飛び込んできたのです。それは紛れもなく、アシナガバEが作り始めたばかりの巣でした。一匹の女王バチが、健気に六角形の育房を広げている最中でした。その時はまだ、「今のうちなら自分で何とかできるだろう」と、軽く考えていたのです。それが、我が家とアシナガバチとの、一ヶ月にわたる静かで、しかし神経をすり減らす攻防戦の始まりでした。最初の週末、私はインターネットで調べた知識を元に、夜間の駆除を決行しました。厚着をして、ハチ用の殺虫剤を片手に、息を殺して巣に近づきました。しかし、いざスプレーを噴射しようとした瞬間、恐怖で手が震え、薬剤は巣を大きく外れてしまいました。驚いた女王バチは闇の中へと飛び去りましたが、私の心には強烈な恐怖心だけが残りました。翌朝、恐る恐る確認すると、女王バチは戻ってきており、何事もなかったかのように巣作りを再開していました。私の最初の攻撃は、完全な失敗に終わったのです。それからというもの、巣は日を追うごとに着実に大きくなっていきました。働きバチの数も増え、巣の大きさはテニスボール大にまで成長しました。ベランダに出るたびに、巣から発せられるブーンという低い羽音が聞こえ、私は窓の外を監視する囚人のような気分でした。洗濯物を干すのも命がけで、子供たちには絶対にベランダに出ないようにと固く言い渡しました。忌避剤を撒いても、CDを吊るしても、彼らは全く意に介しません。私の素人考えの対策は、彼らの生存本能の前では無力でした。そして、ある日の夕方、巣の周辺を威嚇するように飛び回るハチの数が増えているのを見て、私はついに白旗を上げました。このままでは、いつか誰かが刺されるかもしれない。その恐怖が、私のなけなしのプライドを打ち砕いたのです。翌日、私は専門の駆除業者に電話をかけました。到着したプロの作業員は、手際よく防護服を身につけ、いとも簡単に、あれほど私を悩ませた巣を駆除してくれました。その時間は、わずか十分足らずでした。空になった軒下を見上げた時、私が感じたのは安堵と、そしてほんの少しの敗北感でした。
我が家のアシナガバチ巣との長い戦い