大切にしまっておいたはずの、お気に入りのウールのセーターや、高価なカシミヤのコート。いざ着ようと思って取り出してみると、そこに無数の小さな穴が開いていて、愕然とした。そんな悲しい経験はありませんか。その犯人は、クロー-ゼットやタンスの暗闇に潜む、小さな蛾の幼虫、「イガ」や「コイガ」である可能性が非常に高いです。これらの衣類害虫の成虫は、体長わずか5ミリメートル程度の、光沢のある淡い褐色をした、非常に地味で目立たない蛾です。彼らは光を嫌い、日中は物陰に隠れているため、私たちがその姿を目にすることは稀です。成虫は、口が退化しているため、衣類を食べることはありません。彼らの唯一の使命は、子孫を残すこと、すなわち、産卵です。メスの成虫は、クローゼットやタンスの中に侵入し、ウールやカシミヤ、シルク、羽毛といった、動物性の天然繊維でできた衣類に、数百個もの卵を産み付けます。これらの繊維は、「ケラチン」というタンパク質でできており、孵化した幼虫にとって、非常に栄養価の高い、極上のご馳走となるのです。孵化した幼虫は、白っぽいイモムシ状で、数ヶ月から、時には1年以上もの時間をかけて、衣類の繊維を食べながら成長します。特に「イガ」の幼虫は、自分が食べた繊維のクズなどを綴り合わせて、ミノムシのような筒状の巣(ケース)を作り、その中で生活するという、特徴的な習性を持っています。衣類に、繊維のクズが固まったような、小さな筒状のものが付着していたら、それはイガの幼虫がいた、動かぬ証拠です。彼らは、単にきれいな繊維だけを食べるわけではありません。食べこぼしのシミや、汗、皮脂といった汚れが付着した部分を特に好んで食べます。そのため、コットンや化学繊維の衣類であっても、汚れたまま保管しておくと、被害に遭う可能性があります。衣類に開いた小さな穴は、あなたの大切な思い出と、ファッションへの投資が、静かなる侵略者によって食い荒らされた、悲しい傷跡なのです。