なぜ古くから「一匹いたら百匹いる」という言葉が語り継がれているのか、その背景には彼らの驚異的な繁殖能力と、徹底して身を隠す生態に基づく科学的な根拠があります。ゴキブリは一度の交尾で何度も産卵することが可能であり、一つの卵鞘の中には数十匹の幼虫が詰まっています。つまり、目の前で一匹の成虫を仕留めたとしても、その個体がすでに卵を産み落としていた場合、数週間後には一気に数十倍の数へと膨れ上がる計算になります。また、彼らは正の走触性という習性を持っており、身体が何かに触れている狭い場所を好みます。私たちが普段生活している空間、つまり床や壁の表面に出てくるのは、全体の個体数のごく一部、あるいは環境が悪化して溢れ出した個体であることが多いのです。一匹が目に付く場所に出てきたということは、壁の裏側や家具の隙間といった「安全な潜伏場所」はすでに他の個体で満員状態になっている可能性を示唆しています。これが、一匹の目撃が氷山の一角であると言われる最大の理由です。さらに、彼らは集合フェロモンという物質をフンなどに含ませ、仲間を呼び寄せる習性があります。一匹が住み着いた場所には、その匂いに誘われて外部からも次々と新たな個体が侵入してきます。家の中に一匹いるということは、その部屋がゴキブリにとって生存に適した環境であることを、フェロモンという化学的な信号で周囲に広告しているようなものなのです。また、幼虫は成虫のフンを食べて成長するため、一匹の成虫の存在は、そのまま次世代の生存を保証するインフラの存在を意味します。私たちが一匹を見かけたとき、それは単なる個体の移動を目撃したのではなく、完成された「繁殖システム」の末端を目にしたと考えるべきなのです。チャバネゴキブリのような種では、卵から成虫になるまでの期間が極めて短く、一度定着すれば幾何学的なスピードで数が増えていきます。この爆発的な増加を食い止めるには、一匹の遭遇を深刻な警報として受け止め、目に見えない隙間に潜む「残りの九十九匹」を想定した包囲網を築く必要があります。科学の視点で彼らを見れば、「たまたま一匹だけ」という状況がいかに不自然で稀なことであるかが理解できるはずです。一匹の姿は、隠れた大軍勢からの宣戦布告であると認識し、速やかに毒餌の配置や環境改善に着手することが、科学的に正しい防除の第一歩となります。
ゴキブリが一匹いたら百匹いると言われる科学的根拠